📍 アクセス:リトアニア・カウナス(Vaižganto g. 30)。私はヴィリニュスから電車でカウナスへ行きました
⏱ 所要時間:私は1時間ほど
※料金・営業時間は変更される場合があります。最新情報は公式サイト(https://www.sugiharahouse.com/en)でご確認ください。
※内容は2026年8月に訪れたときの情報です。
この日は、ヴィリニュスから日帰りでカウナスへ。
目的は、杉原千畝記念館です。
電車でカウナスへ
ヴィリニュス駅から、白と黒の2階建ての電車に乗ります。

カウナス駅に到着。

駅を出て記念館へ向かう途中、丘の上に大きな十字架が立っていました。
Googleマップでは「Apžvalgos aikštelė ir kryžius tremtinių atminimui」。
展望台と、流刑になった人たちを悼む十字架、という意味の名前です。

希望の門
記念館の門柱には、日本語で「希望の門・命のヴィザ」。

木々の間に、白い建物。
日本の国旗が掲げられています。

ここは、もとの日本領事館。
1939年に建てられた家で、1940年の夏、杉原千畝がここで通過ビザを出しました(カウナス市の観光サイトによる)。
出したビザは、およそ2,139通とされています(同)。
館内
入口の前には、記念館の案内板。

ガラスケースの中には、ビザの書類。

ピアノのある部屋。

床のガラスケースには、日の丸の旗。

窓辺には、折り鶴。

杉原千畝がビザを書いた部屋です(記念館の公式サイトによる)。

知っているようで知らなかったことを、ここでたくさん知りました。
街に残る足跡
カウナスの街のあちこちに、その足跡がありました。
あるホテルの壁のプレートには「1940年8月28日〜9月4日までメトロポリス・ホテルに滞在した杉原千畝は『命のビザ』を発給し続けた。」と書かれていました。
別のプレートには「杉原千畝は1940年9月4日にカウナス駅を出発する直前まで『命のビザ』を発給し続けた。」とありました。
知っているようで知らなかったこと。ここに来てよかったと思える場所でした。
よくある質問
杉原千畝記念館はどんな場所ですか?
もとの日本領事館の建物です。1940年の夏、杉原千畝がここで通過ビザを出しました(カウナス市の観光サイトによる)。
ヴィリニュスからどうやって行きましたか?
ヴィリニュス駅から電車でカウナスへ行きました。
この旅の全体の流れは「バルト三国旅行まとめ」の記事に書いています。
