📍 アクセス:クラクフからバス(自分で予約して行きました)
⏱ 所要時間:アウシュヴィッツとビルケナウを合わせて、午後から夕方まで約3時間半
※料金・営業時間は変更される場合があります。最新情報は公式サイト(https://www.auschwitz.org/en/visiting/)でご確認ください。
※内容は2025年9月に訪れたときの情報です。
今回のポーランドの旅。
いちばんの目的地は、ここでした。
アウシュヴィッツ=ビルケナウ博物館。
クラクフからは、自分で予約したバスで向かいました。
案内してくれたのは、博物館の日本人ガイドの中谷さん。
中谷さんには、直接メールでお願いしていました。
アウシュヴィッツの入口
博物館の入口は、思っていたよりも普通の建物でした。
世界中から来た人たちが、それぞれのガイドと一緒に集まっています。

中に入って、最初にくぐるのがこの門。
「働けば自由になる」という言葉が、門の上に掲げられています。

門の先には、れんがの収容棟がずらりと並んでいました。
ポプラの並木が続く道は、晴れた日だとむしろ静かで穏やかに見えて、それがかえって怖い。

収容棟の中の展示
収容棟の中は、展示室になっています。
壁いっぱいに、当時の写真。

中谷さんの説明を聞きながら、部屋から部屋へ。
知っているつもりでいたことの、その先を知る時間でした。
ガラスの向こうには、積み上げられたたくさんの靴。

名前が書かれたスーツケースやかごも。
一つひとつに、持ち主がいたんですよね。

鉄条網とガス室
外に出ると、有刺鉄線の柵と監視塔。

収容棟のあいだの壁の前には、花が手向けられていました。

そして、ガス室と焼却炉があった建物へ。
中は薄暗く、がらんとしています。
それが余計に重い。

外には、焼却炉の煙突が立っていました。

ビルケナウへ
夕方、ビルケナウへ移動します。
門に向かって、線路がまっすぐ延びていました。

門をくぐって振り返ると、線路は夕方の光の中、ずっと遠くまで続いています。
ここに着いた人たちは、この線路の先で降ろされたんですよね。

線路の上には、木の貨車が置かれていました。

とにかく広い。
草原の中に、監視塔と有刺鉄線の柵が続きます。

奥には、崩れたまま残るガス室と焼却炉の跡。

草原には、れんがのバラックが並んでいました。

バラックの中には、3段の木の寝台。
ここに、どれだけの人が押し込められていたのか。

答えの出ない問い
コミュニケーションの「なぜ」を知りたくて、社会人になってから大学や大学院で社会学を学んできました。
それは、今も続いています。
それでも、ここで見たものに、答えは出ませんでした。
答えがない、ということを、改めて実感した場所です。
知っているつもりで、知らなかったことばかりでした。一度は自分の足で来てよかった場所です。
よくある質問
クラクフからはどうやって行きましたか?
クラクフからバスで行きました。バスは自分で予約しました。
ガイドはどうやって頼みましたか?
博物館の日本人ガイドの中谷さんに、直接メールでお願いしました。
この旅の全体の流れは「ポーランド・クラクフ旅行まとめ」の記事に書いています。
